会津若松城

会津若松城あいづわかまつじょう
福島県会津若松市追手町
Mapion

--天守閣--
別名 黒川城・鶴ヶ城
交通 各線「会津若松駅」から徒歩30分。
築城年代 1384年(至徳1)
築城者 蘆名直盛
形式 平山城
主な城主 蒲生氏郷
1379年(康暦1)会津に入った蘆名家7代直盛は、飯寺館に3年住し(幕内の地ともいわれる)、その後小館を築き、この地に東黒川館(後の黒川城の前身)の造営を開始する。以来、1589年(天正17)20代義広が伊達政宗に追われるまで、黒川城は蘆名氏本城となる。
1590年(天正18)蒲生氏郷が入城すると、黒川城は大改修が行われ、この時黒川の地名は若松、城名も鶴ヶ城と改められた。
1598年(慶長3)蒲生氏郷の跡を継いだ秀行が宇都宮に移ると、越後から上杉景勝が代わって会津に入封した。景勝は鶴ヶ城が小田山から近く、守るに適さないと考え、1600年(慶長5)3月18日、家老直江兼続に命じ、神指城の築城を開始する。
しかし関ヶ原合戦後、景勝は米沢へ移封となり、再び蒲生氏が宇都宮から入る。
1627年(寛永4)蒲生氏が断絶となった後、伊予松山城から加藤嘉明が入り、現在見られる鶴ヶ城はこの加藤氏の頃のものとされる。
その後松平氏(保科氏)が入城し、明治維新まで松平氏居城として続いた。
西出丸北側水堀 西出丸虎口石垣 太鼓門付近から見る天守閣
武者走り 上杉謙信仮廟所跡 廟所跡付近から見る天守閣
鉄門・渡櫓・天守閣 本丸 本丸から見る天守閣
本丸北側に建つ稲荷神社 月見櫓跡 茶壷櫓跡から見る廊下橋・本丸東堀
本丸東枡形虎口・廊下橋 二の丸・三の丸間堀 Mapion
甲賀町口門跡石垣

参考文献 「現地案内板」
                        「山形・宮城・福島の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2011年5月