桜城

桜城さくらじょう
長野県諏訪郡下諏訪町新町上
Mapion

--本丸東堀切--
別名 桜井城・湯沢城
交通 JR中央本線「下諏訪駅」から徒歩25分。
築城年代 鎌倉時代末期か
築城者 金刺氏
形式 山城
主な城主 金刺氏
鎌倉時代末期から室町時代初期にかけて、諏訪大社下社大祝金刺氏により築かれたと考えられる。以後、霞城と共に金刺氏本城として湖北地方の中心的な役割を果たした。
中先代の乱・桔梗ヶ原合戦・大塔合戦等を経て、金刺氏は諏訪大社上社大祝を務めていた諏訪氏と対立するようになるが、概ね金刺氏の劣勢であり、衰退の一途を辿る。
1518年(永正15)金刺昌春が籠城する萩倉の要害(山吹城か)は諏訪頼満に攻められ自落、金刺氏は没落した。この時桜城も落城したものと思われる。
その後の桜城について詳細は不明だが、1542年(天文11)諏訪を掌握した武田晴信は諏訪統治の拠点として上原城、続いて「下社の城」を改修しており、この「下社の城」は桜城であると考えられている。
諏訪神社秋宮背後、丸山から延びる尾根先端部に築かれている。三角形の本丸を中心にいくつかの腰曲輪が設けられ、東には三重の堀切が残されている。また本丸に設置された展望台からは下諏訪の町が一望出来る。
南下から見る城址 本丸東堀切 本丸
本丸からの眺め 本丸南腰曲輪 本丸東堀切

参考文献 「信濃の山城と館 戎光祥出版」
          「長野・山梨の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2019年3月