若松城

若松城わかまつじょう
福岡県北九州市戸畑区中島
Mapion

--河「白斗」島記念石--
別名 中島城
交通 JR鹿児島本線「戸畑駅」。
築城年代 1601年(慶長6)
築城者 黒田長政
形式 山城
主な城主 三宅家義
かつて洞海湾の若松・戸畑間に在った中ノ島(河「白斗」島)に築かれていた。築城年代は不明だが、1504〜20年(永正年間)頃には竹内治部という人物が居城していたという。
1600年(慶長5)関ヶ原合戦後、筑前52万石を与えられた中津城主黒田長政は、年貢を徴収した上で筑前国へ移った為、替わって豊前国に入部した細川忠興と対立する。その為長政は豊前との国境に筑前六端城(若松城・黒崎城鷹取山城益富城・松尾城・麻底良城)を設けるが、この時若松城はその一つとして改修され、黒田24騎の一人三宅若狭家義が船手頭を任されると、代官領1万石を預かって城主となり、一大水軍拠点となった。特に細川氏居城である小倉城に近い為、重要視されるが、1615年(元和1)一国一城令により廃された。
幕末には藩により砲台が設けられている。
現在の若戸大橋付近が中ノ島(河「白斗」島)址だが、1881年(明治14)洞海湾修築工事計画の一環として完全に消滅しており、戸畑図書館前の中ノ島に在ったという石が唯一偲ばせるものとなっている。

参考文献  「日本城郭全集 人物往来社」
                 「福岡・熊本・鹿児島の城郭 新人物往来社」 
訪城回数 1
2015年8月