福嶽城

福嶽城ふくたけじょう
福岡県朝倉市秋月
Mapion

--宮地嶽神社に立つ案内板--
別名        
交通 西鉄甘木線「甘木駅」又は甘木鉄道「甘木駅」からバス
「秋月」下車。
築城年代 戦国時代
築城者 秋月氏
形式 丘城
主な城主 秋月氏
戦国時代、秋月氏は古処山に本城を築き、現在の秋月城?の地に居館を設け、要所に24の砦を構えていた。この福嶽城もその一つで、福嶽美濃守の屋敷と伝えられる。
1587年(天正15)豊臣秀吉による九州征伐後、秋月氏は日向国高鍋へ3万石で移封となる。
1600年(慶長5)関ヶ原合戦後豊前国中津城主黒田長政は筑前52万石を与えられ、福岡城を築いた。そして1623年(元和9)長政の3男長興は兄である福岡藩2代忠之より5万石を分地されると、この地に居所を定め、秋月城を築いた。その後周辺の支城と共に福嶽城も廃されると、八幡宮から鐘櫓が移設され、城下に時刻を告げる時櫓が設置された為、「鐘山」といわれるようになる。
現在宮地嶽神社が建てられており、ここから城下が一望出来る。

参考文献  「現地案内板」
                          「福岡・熊本・鹿児島の城郭 新人物往来社」 
訪城回数 1
2013年1月