坂本城

坂本城さかもとじょう
滋賀県大津市下阪本3丁目
Mapion
城址碑地図

--城址碑--
別名  
交通 JR湖西線「比叡山坂本駅」から徒歩25分。
築城年代 1571年(元亀2)
築城者 明智光秀
形式 平城・水城
主な城主 明智光秀
1571年(元亀2)9月、織田信長は比叡山焼き討ち後、延暦寺の監視・滋賀郡(湖西南部)支配の為、宇佐山城の明智光秀に命じ坂本城を築かせた。
1582年(天正10)6月2日、光秀は本能寺で信長を討ち、その子信忠が拠る二条御所も攻め自害させた。
13日山崎で羽柴秀吉に敗れた光秀は勝龍寺城へ入り再挙を図るが、迫る羽柴勢を前に近江坂本城を目指し城を逃れた。しかし小栗栖付近で土民に襲撃され、光秀は自刃した。安土城にいた明智秀満は坂本城に入るが、掘秀政に攻められると城に火を放ち自刃した。
その後秀吉が領し、丹羽長秀が城主に置かれると、焼失した坂本城は再建され、その後杉原家次、浅野長政が入城し、この頃城下町も形成されるが、1586年(天正14)大津城が築かれると、坂本城の資材は転用され、廃城となった。
志津ヶ池
光秀が茶の湯を催した際、
使用したという
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坂本城址公園・明智光秀像
石垣に使用された残石?

参考文献 「現地案内板」
                        「京都・滋賀・福井の城郭 新人物往来社」
訪城回数 1
2008年1月